America Report Prologue....何故俺が?

それは俺がプリンターに詰まった紙を除去している時に起こった。

会議室から出てきた上司が言った。

「夏休みに海外旅行する気ない?」

この一言で全てが判った。俺の担当する米国S社のM某というソフトウェアの研修を受けるために米国に行ってこい、ということだ。既に営業部隊は何人か行っていた。そろそろ我々開発部隊の番だろう、という噂はあった。それが俺だとは....

念の為再確認してみる。「それって、米国に研修受けに行ってこいってことですか?」。この時ほど恐る恐る上司に質問したのは入社以来初めてのことだろう。上司の答えは予想どおりであった。嗚呼、いつかは来ると思っていたが、遂にその時が来てしまうとは。俺は飛行機なんか嫌だぞ。パスポートも無いぞ。英語も喋れないぞ。一緒に行くのは誰?えっ、その人は英語駄目じゃないか!ついでにその人も海外なんて行ったことないらしい。 どうすりゃいいんだ???

上司は嫌なら別に構わない、と言う。が、しかし、ここで例によって俺の貧乏根性が顔を出してしまった。タダでパスポートが取れる、タダで海外に行ける、会社から海外出張手当5万円が出るetc,etc。思わず「行きます」と言ってしまった。この一言がその日からの一カ月間、憂うつな日々を過ごす引き金になるとは、この時は思いもしなかったのであった。

暫くすると、上司がS社から来たFAXをくれた。研修の受講申込書と案内らしい。それを見ると、なんと既にそこには俺の名前が。何ということだ!俺に知らせる前に既に受講手続きを済ませているとは。この会社らしいやり方だ。これはもう行くしかないらしい。そして英語だらけの受講案内を読むと、研修はシアトルの隣り街、ベルビューという所で行なわれるらしい。シアトルは知っているが、ベルビューなんて知らんぞ。ついでにホテルの予約まで既にしてあるらしい。ベルビュー・ヒルトンだそうだ。おお、ヒルトンなんて所にタダで泊まれるとは。これは良いかもしれない。が、しかし、他のページを読むと空港からレンタカーで来るのが良いだろう、なんて書いてある。なんてこったい。初の海外で運転までしなければならんとは。

段々と憂鬱になってくる。いかん、これはいかん。いくらなんでも無理があり過ぎる。しかし上司の命令には従わざるを得ないのが哀しいサラリーマン稼業だ。よし、どうせ行くなら夏休みついでについでに観光でもしてこようじゃないか、と前向きに考えてみる。

それならば、シアトルにはどうせ研修の5日間いるのだから別の街に行ってみよう、ということになる。ここで出てきたのが研修終了後にロスに立ち寄る、という案だ。うん、これは良い。行くのが8月中旬だから、丁度良い時期だ。早速上司にこれは許されるのか聞いてみる。別にいいんじゃないの、という何とも適当な返事。まあ上司が良いと言うのだから良いのだろう、と勝手に決め付け、一緒に行く先輩にこの案を持ちかけてみる。

すると、先輩は嫌そうな顔をする。どうも俺以上に飛行機は苦手らしい。「もうすぐ子供も産まれるし...」なんて言いつつ嫌そうな顔をする。嫌なのだが、それよりも一人で行動するのがもっと嫌らしい。これは俺が強気に出ればOKだろう、と思って押してみると、ウチの社員全員に共通する貧乏根性が顔を出したのか(どうかは知らんが)、渋々OKしてくれた。しかし、仕事の都合等があって研修終了後ではなく、研修の前にロスに立ち寄ることで合意を見たのであった。

さて、いよいよ準備しなければならない。とりあえず飛行機の予約をしなければならないのだが、二人とも飛行機にも海外にも縁がないのでよくわからない。他の人に聞くと、パスポートが無いと国際線のチケットは取れない、なんて言うので、本籍の島根県に戸籍謄本を申請したり旅券センターに行ったりと慌ただしく動くが、実はパスポートなんか無くてもチケットは取れたらしい。これだから経験の無い人間は困る。

さっさと予約しないと満席になる可能性がある。時刻表での調査を急ぐ。とりあえずシアトルに行くのはノースウエストかUA、ロスは色々あるらしい。時間帯等を考えてノースウエストにする。が、こういうことを考えているときに限って世界の色々な所で飛行機が落ちるのだから困ったものだ。一度盛り上げた気持ちがどんどん重くなる。

さらに問題なのは、日本〜米国間については時刻表でも見れば載っているが、ロス〜シアトルなんてのはどこにも載っていないことだ。仕方ないのでこの辺は全て旅行会社に任せることにする。ついでに米国でのレンタカーを頼む。

さらにロスでのホテルの予約を依頼する。するとどうだ、一泊230ドルなんていうとんでもないものを提示するではないか。ロスはバケーションだから宿泊費は会社持ちではない。そんな高いところに泊まれるわけがない。おい、地球の歩き方を見るとホテルなんて40ドルくらいでいくらでもあるぞ。もう一回調べ直せ、と依頼するが、やはり無いらしい。安い所に泊まりたければ現地でモーテルにでも泊まれ、と旅行会社の風上にも置けないとんでもないことを言う。もうええわ、とばかりに自分たちで探す覚悟を決める。これが後でとんでもないことをまきおこそうとは....

俺は覚悟を決めたが、先輩は自分で川崎駅近辺の旅行会社にあたり始めた。しかし、全て玉砕したらしい。「阿呆なことを言うな」などと言われてしまったらしい。これは酷い。日本の旅行会社は客のことなんぞこれっぽっちも考えていないではないか。いよいよ現地でのホテル探しが現実のものとなってしまった。

そうこうするうちにもう出発までの期間が残り少なくなった。国際免許を取ったり、鞄を買ったりとやることが多い。これらの金も全て会社持ちだから良いといえば良いのだが、どうにも慌ただしくて困る。買い物に行くときの電車の中では常に英語の勉強。とは言っても、よくある「海外旅行の英会話」なんていうのを読む程度であるが。どうせ付け焼き刃だし、あまり頭には入らないのだが少しは気が楽になる。さらに本屋で「海外出張の英会話」なんていうのを見付けて思わず買ってしまう。2冊あるからって喋れるわけはないのだが。

そして緊張している日々を送るうちに、とうとう出発の前日になってしまった。もうドキがムネムネして仕事にならないので先輩と共にスーパーフレックスでさっさと帰ってしまい、東急ハンズで旅行グッズを買い込みに行く。普段ハンズに行く度にこういうのを買っている連中を見て変な奴等だ、と思っていたが俺がこういうのを買うことになろうとは。とりあえず賛否両論の空気枕を買ってしまう。そして、先輩と共に日本最後のラーメンを食す。これが最後のラーメンにならないように祈りながら。

家に着く。鞄に荷物を詰める。必殺技衣類圧縮パックを2袋使用し、なるべく鞄に空きが残るように努める。パスポートに米ドルにチケットに、とマニュアル本(本当はこんなのに頼りたくないが)を参考に詰める。翌日の飛行機は3時過ぎの出発、横浜から成田エクスプレスなので横浜に1時の待ち合わせだ。飛行機で寝られるようには夜更かしして、かつ早起きして寝不足の状態で挑むべきか、翌朝波乗りでもして疲れてから行くべきか、と迷った揚げ句波乗りを選択。さっさと寝て翌朝早めに起きることにした。

さあ日本最後の夜だ。寝よう。と思ってもやっぱり緊張して寝られない。酒を飲んだり、本を読んだりしているうちに夜も更ける。気付いたらすごい時間になっている。ああ、これではいかん。とりあえず布団に入ると、いつの間にかあっさりと寝ていたのであった。

Part 1 飛行機ほど恐ろしいモノは世の中に無し



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