Part 7 ファミレスは恐ろしい所です |
さて、研修も3日目だ。いつもと同じように朝ホテルの前で煙草を吸い、いつものようにデブ女は遅刻し、いつも通り研修は淡々と進み、そして今日も昼飯は適当に済ませ、結果として大したこともなく研修は終わり、いつものシアトルの夕べを迎えたのであった。いいかげん慣れてきたせいで、そろそろ英語の研修を受けることも、飯を食うことも当たり前になってきた。良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。米国も慣れるとなんてことはない。普通にしていれば襲いかかられることも無い...が、しかし、晩飯だけは別である。晩飯にありつくには、レストランに入らなければならない。レストランに入るのは流石に緊張する。やれチップだ、注文する時に変なことを聞かれたらどうしようだ、色々な余計なことを考えてしまうのだ。しかし、前日の宇和島屋のぱっとしない寿司に後悔した我々は、何とかまともな飯に、かつ気楽に食えるところを探すべく、勇気を出してシアトルへと向かったのであった。しかし、地球の歩き方にはろくな食い物屋が載っていないし、宇和島屋で手に入れたフリーペーパーに書いてあるものも今一つ気が進まないものばかりである。仕方ないので適当にうろついて、良さそうな所に入ろう、ということに相成った。というわけで会社員の帰宅時間で渋滞するフリーウェイを降り、街へ向かう。すると、左前方に「Denney's」の看板があるではないか。日本とは字体が違うが、あれはどう見てもデニーズである。あれなら気楽に入れそうだ。とはいうものの、わざわざ米国まで来てデニーズでは面白くない。もう少し探してみるが、やはりなかなか良さそうなものは見付からない。シアトルは港町だから、シーフードが良いんじゃないだろうか、と思うのだが、どうもそれらは高そうで気が引ける。会社はたかだか39ドルの日当しか出してくれないのだから、あまり高いものは無理なのだ。困り果てた我々は、とりあえず何かを求めていつものように宇和島屋へと向かう。
だが、こう毎日のように来ていては情報も尽きるというものである。唯一得た情報は、我らが大洋ホエ...否、横浜ベイスターズが相変わらず快進撃を続けているということ位である。これはこれで収穫だが、横浜が勝ったからといって飯が食えるわけではない。あとは、宇和島屋は実はベルビューにもあったということが判った。後で探してみようということになり、せっかく来たので新聞を買い、またレストランを探しに出掛ける。
今度は試しにワシントン湖の湖岸道路へと向かう。何となく雰囲気も良さそうだし、そういう所には洒落た店の一軒や二軒はあるものだ。しかし、そこへ向かう道は何となく雰囲気が良くない。どういうわけか街を歩いているのは黒人ばかりなのだ。別に黒人だからといって何かがあるわけではないのだが、なんか判らんけど怖い。しかしたまたまその途中で景色の良い場所を発見したので、そそくさと写真を撮り、ここはさっさと立ち去る。
戦々恐々としながら撮るだけ撮った写真。
黒人地帯を抜け、ワシントン湖岸を走るが、ここにも何もない。と思ったら、なんとそこにはレストランの代わりにIMPULSEがあるではないか!しかも今まで見た二台に比べると、若干のヘコミがあったりするが、コンディションはマシである。当然俺は車を降りて写真を撮る。
やっと見かけたまともなIMPULSE。
IMPULSEはあったが、レストランは無い。さあ困った。もうネタは尽きた。さあどうしよう、というところで俄然脚光を浴びてくるのがデニーズである。面白くは無いが、何も食わないよりは数倍マシである。まあオリジナルのデニーズの味を試してみるのも良かろう、ということで納得し、デニーズに入る。
店内は日本のデニーズと大して変わらない。店に入ると、ウェイターが「何名様ですか?」と聞いてくるのも同じである。しかし流石に「いらっしゃいませ。デニーズへようこそ」とは言わない。残念である。あれは日本オリジナルだったのか。喫煙席もあるよ、と言われたが、何を思ったか、否、うまく答えられなくて結局禁煙席になってしまう。席に案内され、メニューを渡される。挨拶以外は全部日本と同じである。
しかし、メニューの中身は日本とはまるで違う。雑炊や饂飩が無いのは当然ながら、カレーやグラタンも無い。あるのはハンバーグ、ステーキ、サンドイッチといったものだけである。選択肢が限られるので、選ぶのも早い。今日の晩飯はステーキとサラダ、スープのセット(プラス99ドル)ということに決定する。俺は決めたが、先輩は中々決まらないので待っていると、さっきのウェイターが聞きに来た。Please wait a minit.なんて偉そうに言って待たせる。実はここで偉そうに言ったのが失敗だったのだ。
先輩も決めたが、呼ぶのが面倒(どう呼んでいいのか判らないとも言う)なので、メニューを置いて待っていると、またウェイターが聞きに来た。まずは俺に聞いてきた。しまった、さっき俺が偉そうに答えなければ俺の方に来なかったかもしれないのに。仕方ないので頼む。ステーキを頼むと、何か訪ねてきた。何だか判らないので外人ポーズで答えると、「ナントカ、カントカ、コーン」とか言っている。これはロスのステーキ屋と同じだ。聞き取れたコーンにする。さらにメニューを指さしながらサラダとスープのセットを頼む。するとまた何か訪ねてきた。今度は判らん。もう外人ポーズも通用しないかもしれないので、パードン、で返す。すると何となくドレッシングがどうたらこうたらと言っているようだ。何があるんだ、みたいに聞き返すと、「ナンタラ、カンタラ、サウザンアイランド」と言っている。やはり唯一聞き取れたサウザンにする。本当は和風しそ風味が良かったのだが、そんなものがあるわけないので断念する。終わったか、と思ったら、さらに何か聞いてくる。今度こそ判らん。本当に判らん。ホヮット? なんて変な返しをしてしまうが、何度言われても判らん。しまった。これではシータック空港のレンタカーと一緒だ。しかしここには周りに日本人は居ない。もうヤケクソである。適当にYesとか答えているうちに何とか終わった。しかしファミレスが気楽だなんて大きな間違いであった。気楽なのは料金だけで、それに比べたら勝手に全部出してくる高いレストランの方がよっぽど気楽だ。などと考えていると、向かいで先輩が同じ試練を体験している。俺はニヤニヤしながら困っているのを見ている。一度終わってしまえばこっちのものだ。一度修羅場を抜けて開放されると、同じ言葉でも何となく判るものである。適当にフォローをいれつつ、ようやく二人とも注文を終える。
本当はここで一服したいところだが、さっき妥協して禁煙席にしてしまったのでどうしようもない。いやー参った、なんて言いながら待っていると、ブツが出てきた。うーむ、いくら本場とはいえ所詮ファミレスだったか。こちらは米国ボリュームを期待していたのだが、量的には期待外れである。しかもどうしたことか、俺にはサラダだけ、先輩にはスープだけが出てくる。何だかワケが判らん。しかし注文を質すのも面倒だ。仕方ないのでそのままにして食い始める。困ったことに、味まで期待外れである。ファミレスは駄目だ。そう結論づけて、今日の晩飯を終える...
といきたいところであるが、終えるには会計を済ませなければならない。日本みたいにブツを持ってきたときにオーダーシートも持ってきてくれれば良いのだが、米国ではそうではない。さっさと帰りたいのだが、何と言ってよいか判らないので水を飲みながら待つ。キョロキョロしていたせいで、こちらに気付いたようだ。ここでさらに水を注がれたりしたらたまらないところだが、きちんとオーダーシートを持ってきてくれた。本当は別々に払いたいのだが、これも何と言えばよいか判らないのでテーブルの上でジャラジャラやりながら金をまとめ、レジに向かう。半端な数字だったので、釣りはいらん、と言いたいところだが、これも良く判らないので、残りはやるよ、みたいな顔をすると、向こうも頷いて納得する。顔だけで通じるのだから大したものだ。
とりあえず食うものは食ったので、宇和島屋ベルビュー店を探しに向かう。しかし困ったことにきちんとした地図が無い。あるのはBel-Red wayというキーワードだけである。さらに困ったことに、そのBel-Red wayという道がわからない。Belはベルビューだろうが、 Redってのは一体何だ。仕方ないのでそれっぽい道を行ったり来たりするが、一向に見つかる気配が無い。1時間探しても見つからないので、潔く諦める。俺はさっさと諦めたが、先輩は諦めきれないようで、翌日電話してみる、なんて言っている。そんなに拘る程でも無いと思うのだが、英語が判るわけでもないのにこういうことに関してはやけに強気である。とりあえず今日はベルビューのでかい本屋に入ったりして、ホテルへと戻る。
ホテルへ戻ってすることといえば、今日最後の一服である。シアトルに着いた時点で残り2箱だった煙草も、この禁欲、否禁煙生活ではまだ1箱しか吸っていない。さあ今日も終わりだ。レストランで精神的に目茶苦茶疲れた。ここはさっさと寝たいところだが、今日は洗濯をしなければならない。例によって風呂場で洗濯し、ヒーターの前に干す。8月なのにヒーターをつける羽目になるとは、恐ろしい所である。そしていつものように、朝日新聞とチョーヤの梅酒という安息の時間となる。ここで煙草が吸えれば、この上なく幸せなのだが。煙草無しで読む新聞は今一つ味わいに欠ける。チョーヤの梅酒もキレが無い。仕方がないので寝る。ようやく研修3日目も終わりだ。