America Report Part 8 何という平和な一日であろうか

いつものようにラジオ付き目覚まし時計で目覚め、研修4日目の朝が来た。前夜レストランで屈辱的な目にあった俺としては、何としても今日はその復讐を果たさねばならない(何だそれは)。今日こそは何としても平和に晩飯を食わねばならない。しかしその前に研修だ。ホテル前での一服を済ませた後、某S社へと向かう。

研修も既に半分を過ぎ、もう頂点は越えている。あとは終わりへと突き進むだけだ。その余裕からか、何故か時間が過ぎるのが早く感じる。デブ女が遅刻しても全く気にならない。研修自体はいつも通り淡々と進み、ランチの時間を迎えた。

例によって向かいのビルの前で一服の後、先輩が宇和島屋ベルビュー店に電話して場所を確認しよう、などと言い出す。この宇和島屋へのこだわりは一体どこから出てくるのか判らないが、まあ自分が電話するわけではないからどうでも良い。しかし問題は、電話しても相手が英語しか喋れないのであれば宇和島屋までの道を聞き出そうにも聞き出せないという点である。まあ日本食店だから日本語を喋れる人間の一人や二人は居るだろう、ということで、とりあえず電話をするだけしてみよう、ということになった。

しかし、先輩は「誰か日本語を喋れる人は居ますか?」ということさえ喋れないのだ。それでは先に進まない。とりあえずその部分だけ教えてやる。それにしても、全く喋れないに等しいのに電話するというその勇気には恐れ入る。この点に関しては大いに見習わなければならない。そしてついに先輩は公衆電話に向かい、5セントコインを入れて勝負をかける。

さあどうなることか。おっ、相手が出たようだ。先程教えたセンテンスを、例によってアクセントの全く無い英語で喋っている。すると、おぉ、通じたようだ。そしていきなり日本語で喋り始める。今ベルビュースクエアの所に居るのですが、なんて言いながら堂々と電話応対をしている。先輩としても、米国に来てここまで堂々と電話で喋れるとは思ってもいなかったのであろう。やけに楽しそうに見える。そして安堵の表情で電話を終える。どうやら道は聞き出せたようだ。問題はそれをきちんと覚えているかどうかであるが。

そして昼飯は、やはり今日もパンを食い過ぎて食欲が無いので適当に済ませる。考えてみればまともに昼飯を食ったのは初日のアジア料理店だけである。しかし、うちの会社から外資系D社に転職して1ヶ月ニューヨークに居たK氏は、一度もレストランに行かなかったらしいから、それに比べればマシである。そして午後の研修を迎える。既に研修は残すところ10時間前後となっている。目茶苦茶気が楽だ。サッカーで5点リードして後半30分を迎えたらこんな気分なのだろう。気が楽なだけに、問題を終えて講師のDanが何か聞いてきても適当に答える余裕がある。しかしそういう時に先輩は相変わらず無反応である。先程の電話の時の堂々とした応対は何処へ行ってしまったのだろうか。研修自体は相変わらず大したことは無い。前列のオッサン達は、未だに2日目の問題についてああだこうだと言い合っている。そんなもんだから暇な時間が多い。俺は廊下に置いてあるノンアルコールビールなんぞを飲んで暇をつぶす。まずいんだ、これが。ドクターペッパーよりまずい。

そして4日目も終了。おぉー、すっげー気が楽だ。もう残りはあと1日だ。明日さえクリアすれば祖国に帰れる! そう思うと気分はおのずとハイになる。すでに勝ち誇ったような気分で向かいのビルの灰皿前へ向かう。それは先輩も同じのようだ。研修後の一服にも力が入るというものである。

力強い一服の後、先程場所を聞き出した宇和島屋ベルビュー店へと向かう。地図は無いので先輩の記憶頼りである。若干不安ではあるが、俺にはどうしようもない。ここは勇気を出して電話した先輩に敬意を表し、素直に助手席で黙っていることとする。教えられた通りに向かっていると、途中に大きなショッピングセンターらしきものがあったりするが、そこではないようだ。いつまで経っても現れないので不安になってくるが、左右を見回していると、道の左側にそれは存在していた。

2日間探してようやく宇和島屋にたどり着いた。別にそこまでして行く価値があるとも思えない(そもそも日本食なんて日本に帰ればいくらでも食えるのだから)が、さすがにここまで探し続けてやっと見つけると嬉しいものである。しかし、店内の充実度はシアトル店と比べて明らかに劣っている。紀伊国屋書店もここには無い。仕方がないので新聞を探すが、なかなか見つからない。店員に聞いてみると、置いてある場所を教えてくれた。たしかにそこに読売新聞はあった。しかしこれは前日のものではないか。これでは意味がない。やっと見つけたと思ったらこの程度か。とりあえず外に出て一服することとする。

俺は宇和島屋の隣にあるクルマ用品店が気になった。米国ではクルマの部品は目茶苦茶安いというのはISUZU MLの人からさんざん聞いている話である。これは確認しなければならない。さっさと一服を終え、店へ向かう。

店内は日本で言うオートバックスみたいなものだ。ただちょっと違うのは日本みたいに洗車用品や室内外の下らない飾り物はあまりなく、あくまでクルマ自体に関する部品(ネジに始まり、オイル、フィルター、ショックアブソーバ等)が中心になっている点である。買いたいものは色々あるのだが、あれもこれも買っていたら鞄に入らなくなってしまう。やはりここは日本と米国の価格差の大きいものを買わなければ損である。そこで、ISUZU MLのエライ人がよく買ってきてくれるSLICK 50なる添加剤を探してみた。すると、エンジンオイル添加剤に、「Buy one get one free」でインジェクションクリーナーがセットになったものが18ドルで売っている。この2つを日本で買えば1万円は下らないであろう。これはお買い得だ。いつもISUZU MLの人には世話になっているから買えるだけ買おうかとも思ったが、残念ながら1セットしかない。ここは俺用と割り切って1つ買うことにする。さらに店内の修理書コーナーへと向かう。我が愛車IMPULSEの整備書は残念ながら無かったが、GEO STORM(日本ではPA-NERO)の整備書が1冊だけあった。しかしボロボロだ。まあ中身はきちんと読めるので、土産代わりに買って帰ることにする。誰か欲しがる人がいるだろう。この2つを持ってレジへ向かうと、この本は汚いがこれで良いのか、と言われる。これでいいんだ、と言うと、なんとタダにしてくれた。米国人は寛大である。オイル添加剤の分だけ金を払おうとして100ドル札を出すと、これは使えない、と言われてしまう。仕方ないので手持ちの細かいのを合わせて、何とか20ドル払い、会計を終える。米国人は寛大ではない。前言取り消しだ。

SLICK 50 わざわざ米国まで行って、こんなものを買って帰るのはいすゞML関係者ぐらいであろう。

さあ問題は晩飯だ。ここは町外れにあるので、今からレストランを探すのは正直言って面倒である。宇和島屋の店内に食い物屋があったのを思い出し、ちょっと覗いてみる。すると、そこは日本人が経営するまともな日本食店のようだ。店頭のメニューには寿司だとか豚カツだとか書いてある。これは中々良さそうだ。もうすでにかなりの空腹感を感じていたこともあり、今日の晩飯はここに決定。

案内されることもなく、勝手に席につき、店員がお品書きと緑茶を持ってくる。ああ、このなんとも言えない日本的システム、たまらないものがある。そしてお品書きも何と日本語が書いてある。なんという素晴らしい店であろうか。緑茶を飲みながら注文を選ぶこの安心感。前日のデニーズとはえらい違いである。メニューには寿司やら定食やらが並んでいる。しかしどれも量の多そうな組み合わせばかりである。まあ米国人に合わせてあるのだから仕方がない。俺は豚カツと天麩羅のセット定食、先輩は鳥の空揚げと天麩羅のセットを注文する。

いやーやっぱりこれですよねー、なんて言いながら緑茶をすすりつつ店内を見回す。最初は全然違和感を感じなかったが、店内には日本人ばかりで、皆日本語で喋っている。店主も日本人で、日本語を話しながら寿司を握っている。良く考えてみれば米国らしくない光景である。そして料理が出てきた。やっぱりすごい量だった。

今まで日本料理店には何店か行ったが、ここのものが一番日本らしい料理である。何と言っても味噌汁がある。やはりこれが無ければ日本料理は始まらない。久々に箸で食う晩飯なので、食の進みも早い。米がまずいのは残念だが、豚カツと天麩羅は明らかに日本の味だ。さすが日本人の店主が作っているだけのことはある。しかし量が多いので徐々に食傷気味になってくる。先輩は鳥の空揚げの山に埋もれそうになっている。やはり全部食うのは諦めたようだ。残すと勿体無いので少し貰うが、俺も限界を超えつつあるので途中で諦めた。

今日は満足の行く晩飯であった。前日とは大違いだ。いつも問題となる会計も、相手が日本語が通じるので何の問題もない。何とも幸せな時間を終え、来る途中に見かけたショッピングモールに向かうことにする。郊外にはいろんな店が一ヶ所に固まって存在するのは日本と同じである。

そこには、まず巨大なスポーツ用品店がある。俺はまだロスで買ったサーフィン雑誌に載っていた時計を諦めてはいなかったので探してみるが、やはり見つからない。まあシアトルではサーフィンなんかやる奴いないだろうから、これも仕方がないだろう。色々見て回るが、靴やTシャツなんかはそれほど安くはない。無理して帰りの荷物を増やす必要もないだろうから、2ドルの懐中電灯と5ドルのサングラスを買う。しかしこのサングラスは5ドルコーナーにあるくせに何故か10ドルだった。ちょっと騙された気分であった。

さらに別の店に行ってみる。人が沢山並んでいる所があったので、何かと思ったら映画館のようだ。字幕スーパーがあるわけでもないだろうから、ここは入っても仕方がない。隣には電気屋兼CD屋がある。ここは入ることにする。電気コーナーは見ても仕方がないのでCDだけ見る。あまり目ぼしいものは無かったが、日本では見かけなかったNeil Schornの2枚組を買う。2枚組で18ドルだからまあまあ安い。他にも欲しいものはあったが、日本でも売っているものばかりなので買わないでおく。

他にも本屋とか色々あったが、今日は以前ジェントルメンと言われたパソコンショップに行きたかったのでこのへんで止めておくことにする。やっていることが米国に居ても日本に居ても変わらないような気がするが、何も米国に居るからといって特別なことをする必要もあるまい。そしてパソコンショップ到着。今度は怒られないように鞄はちゃんとトランクに入れて店に入る。

お目当てはCorel Draw Suiteという日本未発売のソフトパッケージである。ドローソフトやら3Dソフトやらフォント管理ユーティリティーやら700種類のフォントやらが色々入って150ドルは安い。この間来たので特に店内を見る必要は無いのだが、安くなっている品は無いだろうか、と思わず歩き回ってしまうのは習慣であろう。特に目ぼしいものはないので、お目当ての品を持って、会計を終える。そして店を出ようとすると、この間怒られたオッサンが「ありがとうございます」なんて言ってきた。これにはちょっとビックリである。何でもオッサンは以前沖縄に居たことがあったらしい。日本語はちょっとは判るんだ、なんていいながら「おはようございます」なんて言っているので、今はおはようの時間ではなくこんばんはだ、と修正しておいて店を出る。外はもう暗い。もう殆どの店は閉まる時間だろうから、ホテルへ戻ることにする。

corel draw package 買ったは良いが、一体どうやって登録すれば良いのだろうか。

そしていつも通りホテル前で一服する。すると、必ず研修に遅刻する例のデブ女がロビーで新聞を読んでいるではないか。何だ、やっぱりここのホテルだったのか。こんな近くに居るのになんで毎度のように遅刻するんだ、しかも朝から新聞を読んでいてまだ読み終わっていないのか、なんて馬鹿にしつつも、とりあえず笑顔でGood evening. なんて言ってしまうのが悲しいところである。まあデブ女に深入りする必要もあるまい。

部屋に戻り、今日買ったものを鞄に整理する。いよいよ終わりが近づいてきたのを感じる。エレベータ前に氷を取りに向かうと、何とそこには日本語が反転表示された笑える看板があるではないか。看板マニアの俺にとって、こういうのこそが異国の醍醐味である。

kanban 別にイメージソフトで反転したわけではない。

そして整理を終え、BGV代わりテレビをつけて梅酒を楽しむ。昨晩はやけにまずく感じた梅酒が今日はマイルドに感じられる。今日は特に何のトラブルもなく、うまい晩飯も食えたし、買い物もできたし、平和な一日であった。さあ、明日で研修もお終いだ、と思いながら安らかな眠りにつくのだった。

Part 9 最後くらいは贅沢に



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