America Report Part 9 最後くらいは贅沢に

いつものような朝、しかし特別な朝が来た。今日で研修が終わる。昨日は半分勝ち誇ったような気分だったが、今日を終えれば本当の勝利だ。今までのいんぐりっしゅ攻撃に一人(本当は二人のはずなのに....)耐えてきた苦労も、今日を終えれば全て報われる。となれば、気合いの入り方も違う。朝は目茶苦茶弱いはずなのに力強くホテルを出て、煙草を思いきり吸い込む。しかし気合いが入っていたのは俺だけのようで、先輩はいつものように眠そうに出てきた。

そして会社へ向かう。あまり入りたくないビルのはずなのに、気持ち足取りも軽い。ビルに入って朝飯を食う。例のデブ女は最終日くらいまともに来るか、と思ったらやっぱり来ない。他の連中も、全然課題が出来ていないくせに全然来ない。居るのはやっぱり我々と講師のDanだけ。Danも暇そうなので我々に(俺に)話しかけてくる。そうこうするうちに9時になり、一応デブ女以外は出社してきたので研修開始。

Agendaによるとあと2章か3章残っているのだが、Danはやけに急いでいる。確かに貰った予定表には最終日は3時頃に終わると書いてあるので、多少は急いでやっているのだろう。だが、それにしても急ぎ過ぎだ。じゃあこの章は時間がないので省略して....なんて言いながらどんどん進む。途中「こういうプログラミングはしてはならん!」という紙切れを貰い、それについてああだこうだと解説したりしながら、そろそろ12時という時間になった。

するとDanは「じゃあ、これで研修も終わりだ」みたいなことを言うではないか。えっ? もう終わり?? 俺は半信半疑であるが、周りは一斉に片付け始める。これはどう見ても昼飯に向かう雰囲気ではない。先輩は案の定Danの言ったことは理解していないようだ。しかし周りの雰囲気で終わりであることに気付いたようではある。Danは他の人と握手したりしながらああだこうだと話をしている。本当に終わりのようだ。ちょっと前まで「3時までだから、昼飯食ってあと2時間だ!」なんて気合いを入れていた我々は、確かに終わってほっとしてはいるものの、サッカーで2対1で勝っていて、ロスタイムを全く取らずに勝ってしまったような妙な気分である。しかし終わりは終わりだ。荷物をまとめ、Danと最後の挨拶を交わす。握手をしながら、研修はどうだった? 何時帰るんだ? なんて会話を(俺だけが)する。Thank you very much.で最後を締め、Danと別れてオフィスから外へ向かう。

そしてビルの外へ出る。「よっしゃー! 終わった!」と会心のガッツポーズをみせながら向かいのビルへ向かう。本当に終わったんだ! なんて何度も先輩と確認しながら一服する。いやー終わった終わった。もう会話の中に「終わった」しか出てこない。長い5日間、否、4日半だった。最後は呆気に取られたが、終わったには違いない。感無量とはこういうことを言うに違いない。終わったことに興奮してしまい、いつのまにか煙草を何本も吸っているのであった。

まさかこんな時間に終わるとは思っていなかったので、午後の予定なんぞは何も考えていなかった。しかし半日あれば何かが出来る。というわけで、最後にシアトル近辺を観光しよう、ということになった。考えてみれば、我々は今までシアトルでは宇和島屋とレストランしか行っていないのだ。というわけで、シアトルに来たらまずはスペースニードルに登らなければならない、と勝手に決めつけ、いざスペースニードルへ向かうこととする。

ワシントン湖を渡り、スペースニードルへ向かう。昼間のワシントン湖もなかなかの良い景色である。フリーウェイを降りると、スペースニードルはすぐそこだ。しかし、例によって駐車場が良く判らない。Publicなのか、ナントカoffice専用なのか良く判らないものばかりで、あっちこっちとうろうろした揚げ句、何とかそれっぽいのを見つけて停める。パーキングメーターみたいな所に5ドル入れろ、と書いてあるのだが、機械が動かないので放っておく。ふむ、大ざっぱな米国製機械もこういう時は逆に良い。結局1円、ではなく1ドルも払わずにスペースニードルへ向かう。

すると、金曜日の真っ昼間なのにスペースニードルは混んでいた。何でもエレベーターは20分待ちだそうだ。高所恐怖症であり、待つのが大嫌いな俺は当然登るのを辞めようと言い出すが、先輩はどうしても登りたいと言う。そりゃあ確かにシアトルに来るなんてもう一生無いかもしれないんだから、20分くらい待たないでどうするんだ、と思うと持って生まれて貧乏性の悲しさでいつの間にか足が列の最後部に向いている。5分程並んだところで、実は先にチケットを買っておかなければならないことに気付き、結局また最後部からやり直す羽目になった。

space needle こうして見ると高いようにも見えるが、実は大したことない。

そしてようやく我々の順番が来る。エレベーターには満員の乗客、そしてエレベーターガール、ではなくエレベーターボーイが乗っている。彼は登っている間ナンタラカンタラと言っているが、当然何を言っているのか半分も判らない。先輩は最初から聞く耳すら持たない。1分もしないで頂上に到着し、外は、おぉ、素晴らしい景色ではないか。高所恐怖症がどうこうと言っている場合ではない。

With doll あーあ、まさに観光客。俺も所詮この程度の奴だったか。

M.Sota まさに観光客、パート2。写真撮影に励む姿。

スペースニードルから見える景色は、東京タワーみたいに360度どこを見てもビルがあるだけ、なんていうつまらないものではなく、南にビル街、西に港、北にマウント・レニアという北米の都市らしい素晴らしいものであった。こういう観光スポットに来るたびに、何で日本とこうも違うのかねえ、って思うが、そうでなければわざわざこんな所まで来た意味が無いってものである。周りの米国人も当然観光客なので、望遠鏡を見たり、写真を撮ったりしている。俺も思わず写真を撮る。内部には土産物なんかが売っているので、後で買うのは面倒だとばかりにここで1つ1ドルの扇子をとりあえず10個買い込む。段々飽きてきたので、下に降りることにする。ここでもまた行列に並んで、1回エレベーターをやり過ごしてから降りる。

Space needle sight でも良い景色なんだからしょうがないじゃないか。

そろそろ腹も減ってきたので、たまたま目の前にあった出店でホットドッグとコーラを買って食う。なんとなく米国らしい昼飯だ、と自分に酔う。飯を食いながら次の行動を考える。シアトルといえば港町、その桟橋にある店や景観はなかなかのものらしい。というわけで、次は港に向かうことにして、先程適当に停めた駐車場に向かい、結局1ドルも払わずに駐車場を出る。

地図に従って港に向かう。とりあえず車でその辺を流してみる。右側に桟橋、そこには様々な店、左側には路面電車とフリーウェイ、そしてシアトルのダウンダウン、となかなか良い雰囲気である。何だかやっと観光している気分になる(そりゃそうだ、仕事しに来たんだから)。とりあえず車を停めようということになるが、案の定駐車場が見つからない。あちこち探してようやく駐車場を見つけて車を停める。すると怖ーい黒人の兄ちゃんに「何時間だ?」とか聞かれる。思わず怖さに2時間という単語を忘れてしまったので看板を指差し、ああ、2時間だな、ということで5ドル払う。何で駐車場関係はいつも黒人なのだろうか。しかも何故日本人は本能的に黒人を怖がるのだろうか。オスマン・サンコンとかだったら怖くないのに。

やっと車も停められたので、まずは桟橋へ向かう。様々な店が並んでいるが、良く見ると殆どが単なる土産物屋でそれほど面白いものではない。これは入っても仕方がないので桟橋の先っぽに行ってみるが、これもサンタモニカ・ピアを堪能した我々にとってはそれ程素晴らしいと言える程のものではない。まあこれでも横浜港なんかに比べると全然キレイだし、雰囲気も良いのだが。水族館なんかもあるのだが、魚を食うのは好きだがアジとサバの見分けのつかない俺にはおそらく見る価値は無いだろうとパス。結局それほど見るべきものが無いと判断し、次はダウンタウンへと向かうことにする。

ここには地球の歩き方でチェックしておいたアウトドア用品店なんかがあるのだが、入ってみると大したことない店だったりして、やっぱり地球の歩き方は参考にならないという再確認をしたに過ぎなかった。もうそんなものはあてにせず、適当にあちらこちらと歩き回る。ちょっとした路地に入ると、魚市場のようなものがあった。そこでは魚が売れるたびに売り子が包装係のところに売れた魚を放り投げたりしていて中々面白い。そしてそこには「社員はこれらの魚を日本へ送ることができます」という、これまた俺の心を擽る看板があった。「社員は」と意地でも主語をつけるところが米国らしくて良い。しかし我々は特に魚を日本まで送る意志も無かったのでその場を離れ、さらに面白いものを見つけるべく探索を再開する。

Buildings 日本にもこんなビル街いくらでもあるのに、なんでこう違って見えるんだろう。

しかし結局それ以上面白いものは見つからず、車のところに戻ることになった。さあどうしようか、ということになって、本当なら山奥の滝でも見に行きたかったのだが、既にガソリンが残り少ないのでそのプランは却下される。ガソリンなんて無くなったら入れればよいのだが、思わずそういう面倒なことを避けようとしてしまうのが我々のような不慣れなものの性である。そして結局市街地の対岸にあるビーチに行ってみよう、ということになった。

黒人の兄ちゃんにThanks.なんて意味のないことを言いながら車を出す。途中キングドームの脇を抜け、フリーウェイに乗って対岸を目指す。しかし道が良く判らないのでさんざん間違える。そして何とかうまい具合に対岸に辿り着くことが出来た。ここでシアトルのビル街を見ながらまた一服。あたりではオッサン達が釣りに勤しみ、そして道路では兄ちゃんがフェアレディZを洗車している。市街地から5キロも無いのに、なんとものどかな光景を見ながら、また日本との差を痛感する。そして、シアトルで仕事するならこのへんに住みたいなあ、なんて妙なことを考えたりする。ボーっとしながら一服していると、米国に住むのも悪くないなあ、なんて思えてくる。

Signal in seattle こんなコウモリがぶら下がっているような信号じゃあ、迷うに決まっているではないか。

さらに車を進めると、ビーチでは兄ちゃん達がビーチバレーをやっている。何で金曜の真っ昼間なのにこんなことをしている余裕があるのか判らないが、まあのんきなもんである。こういうのを見るとまた日本に戻るのが良いことなのかどうなのか判らなくなる。ここは路駐ポイントが一杯だったので通り過ぎ、その後道に迷ったりしながら市街地へと戻ることにする。

さあそろそろ日も暮れてきた。今日も最大の課題、晩飯の時間がやってきた。考えるネタ探しと、検討する時間が欲しかったのでいつも通り宇和島屋へ向かう。すると、何だかやけに道が混んでいる。どうも今日はキングドームでシアトル・マリナーズの試合があるようだ。ガソリンが残り少ないところでこの渋滞は勘弁して欲しいものである。そして誘導されるがままに進むと、いつの間にかフリーウェイに入ってしまった。これが日本でいつの間にか首都高に乗せられた揚げ句700円盗られたら激怒するところだが、どうせ無料なのですぐに次の出口で降りる。そして宇和島屋到着。フリーペーパー等を検討し、最後はやはりステーキで締めようということになり「13 Coins」なるステーキ屋に決定する。

13 Coinsは宇和島屋からちょっと離れた、あの因縁のデニーズの近くにある。何度か道を間違えつつ到着するが、ここでも駐車場がなくて右往左往する。良く見ると向かいの駐車場の一角をこのステーキ屋が契約しているようなので、そこに停める。停めた場合は店員に連絡してくれ、なんて書いてあるが、どうせ係員も誰もいないので放っておくことにして店に入る。

店内は落ち着いた雰囲気で、さすがはフリーペーパーが推薦するだけのことはある、今まで入った安ステーキ屋とは一線を画す店である。店員が我々をカウンターに案内し、大統領が座るような偉そうな椅子に陣取る。ウェイターがカウンター越しにメニューを寄越す。Today"s Specialは何とかリブですよ、なんて言っている。我々は過去の経験から、余計なものを頼むよりもToday"s Specialにしておくのが最も安心、かつ値段や内容などあらゆる面で満足できるものである、ということを理解していたので、多少メニューを読むふりをしつつ、Today's Specialを2人分頼む。ウェイターも、そうか、Specialか。これはいいぞー、なんて答える。ついでに先輩はいつも通りコーラも頼む。

そしてステーキが出てきた。例によってでかい。これで固かったらロスの二の舞いなのだが、今日のステーキは素晴らしい。以前食った米沢牛とは違った趣のある良い肉である。柔らかいのは米沢牛と同じなのだが、こちらの方がコシがあり、あっさりしたソースが肉の美味さを引き立てる。これは中々良い。さっきのウェイターが「どうだ、ウチのSpecialは?」なんて聞いてくるのでOh, it's great! なんて言ってみるが、発音が悪かったのか、ウェイターは妙な顔をして去っていく。

しかしこのように美味しんぼのジジイように偉そうに評価してはみたものの、会計で戸惑うのは相変わらずである。考えてみれば今まで殆どチップを払ったことが無かったが、さすがにここでは払わないわけにはいかないだろう。さあどうするか、と困っていると、先程のウェイターがレシートを受け皿にのせて持ってきた。二人で40ドル弱、この美味さで40ドルなら文句はない。さあチップはどうするか。とりあえず40ドルだけレシートと共に受け皿に乗せておく。するとウェイターは当然のようにお釣りを持ってきた。ありゃ? 残りはチップのつもりだったのだが。ひょっとしてさっきのGreat! がいけなかったのか? まあいいや、ということにして、そのウェイターが辺りに居ないのを良いことに店を出る。

最後はちょっとあたふたしたが、満足した晩飯であった。そろそろ時間も遅くなり、徐々に暗くなってきた。今日は色々と旅立つ準備もあるし、ガソリンも無いので素直にホテルへ戻ることにして、その途中で翌日の予定を考える。飛行機の出発は午後1時だから、午前中は何かが出来る。フリーペーパーを見ると、シータック空港からちょっと離れたところに「Super Mall」なるショッピングセンターが載っていたので、ここに行くことに決定。考えてみればこの手のショッピングセンターばっかり行っているような気がしないでもないが、あまり空港から離れたところに行くのも不安なので、これで妥協する。

そしてホテル到着。さあ、このホテルで夜を過ごすのも今日が最後だ。そしてホテル到着後の一服の儀式もこれが最後だ。部屋に戻り、荷物の片付けを始める。ソフトウェアやらエンジンオイル添加剤やらの余計なモノを買ってしまったので、荷造りが大変だ。衣類圧縮パックで圧縮してもまだ入らないので、箱に入っているモノを分解したりしながらなんとか詰め込む。結局全部は入らず、会社用鞄にもあれこれ詰める。いかにも旅行帰りという荷物満載の情けない状態になってしまったが、これは仕方がない。荷造りと風呂を終え、梅酒と共にシアトル最後の夜を楽しむ。さあ、長かった米国滞在も明日で終わりだ。残り少なくなった梅酒の壜を見ながら、シアトルでの出来事を思い出しつつ、一人感傷に浸る俺であった。

Part 10 翼よ、あれが成田の灯だ



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