2000/1/* プライドだけでは大穴は埋められなかった
穴があるのに入れないようなみっともない大穴を開けてしまったので、何が何でも埋めなくてはならなくなってしまった。一般的に穴を埋めると言えば溶接だったり鉄板リベット留めだったりひたすらパテ埋めだったりするのかもしれないけど、俺が選んだ手段はFRPであった。何と言っても俺は実は波乗り野郎であり、サーフボードを直すための手段としてはFRPが最も一般的で、今までさんざんぶつけたり落としたりして壊れたサーフボードをFRP補修してきた俺にとってはFRPの扱いなんていうのは朝飯前どころか顔を洗うより簡単なことなのだ。そもそも大学の卒論課題も「GFRP(Glass Fibre Reinforced Plastic)と金属板のフレッチング疲労強度」という名前だけはメンドクサイものであり、正直な話こんな研究と穴を埋めることは全然関係無いのは明らかではあるものの、そこは妙なプライドがFRPを使わせる方向に俺を動かすのだ。
とはいっても、さすがにクルマのボデーをFRPだけで処理するのは若干の不安がある。まともにガラスクロスを積層して固められたFRPであれば、錆びた鉄なんか問題外、それどころか新品の鉄板と比べてみても全然引けを取らない位の強度を持っているなんてことはとっくの昔に学んでいるけど、今俺がやろうとしているのはガラスクロスを2〜3枚適当に重ねて、それをポリエステル樹脂を流して固めるだけのことであって、それが鉄に比べて強いのかどうかなんて判るはずが無い。エンジンルームとは言っても、仮にもボデーの一部であるからして、そんなに適当なお茶の濁し方をするわけにはイカン。濁すにも程度というものがある。そこで、今回は俺にとって初めて使う素材「ロービングクロス」を使うことにした。これは普通のガラスクロスに比べて目が粗い代わりに、クロスを構成する繊維の束が数倍の太さになっているので、縦方向(曲げ)の力に強そうな感があり、結果として積層枚数が少ない場合は威力を発揮しそうな気がするのだ。ガラスクロス積層板は、積層することによってその強度を維持するのであって、積層枚数が十分でなかったり、積層がヘタクソだったりすると威力が半減するのである。つまり、引っ張り方向には多少薄くても強い代わりに、薄いと縦方向の力に弱いのだ。だったら縦方向に強そうな素材を選ぶほうが良いに決まっている。こうして方向性はとりあえず決定。
まず、ロービングクロスを穴に合わせて切る。コレは穴に対して多少大きめに切っておけば良い。余った部分は、固まった後でハサミで切ればいいのだ。最初から無意味に小さくする必要は無い。そもそも、穴からはみ出すくらい大きめに切っておかないと周りの鉄板とのくっつきが悪くなってしまう。俺はサーフボードを直すときにガラスクロスをケチったばっかりに、貼ったばかりのガラスクロスが波乗りの最中に剥がれてまた直す羽目になるという悪循環を何度もやっていたのだ。今回はどうしても剥がれてもらってはならないのだ。ちょっとくらいケチってどうする。そして普通はポリエステル樹脂を流し込んで固めるんだけど、今回は試しにPOR15をその代わりとして使ってみることにする。OldTimerの受け売りだ。既に一度POR15を塗ってあるのであんまり意味は無いのかもしれないけど、やってみないとどんな感じになるのか判らない。そこで、現物合わせに切ったロービングクロスをどけてPOR15を塗ったくって、その上にまたロービングクロスに載せてみる。が、しかし....
ぬぉっ、俺としたことがっ!!
2枚重ねの鉄板のうち、上側の1枚だけを毟ったので、結果として出来た穴は非常にデコボコしているわけで、縦方向に強そうな代わりに柔軟性に欠けるロービングクロスはこのデコボコに追従できず、穴を埋めるどころか妙に浮いてしまってどうにもならない事態になってしまった。これではイカン、全然穴埋めになっていないではないか。そもそもこんな当たり前のことをPOR15を塗る前に気づかないところが情けない。仕方がないので折角置いたロービングクロスを取り去り、慌てて普通のガラスクロスを同じくらいの大きさに切断して、さっきまでロービングクロスが乗っていた場所に乗せる。ふぅ、今度は大丈夫だ。柔軟性があるのでちゃんとデコボコに追従してくれる。これで一安心だ。この上からさらにPOR15を流してガラスクロスを固定する。うむ、こんなものだろう、もういいでしょう。でも、これじゃ毟り取った鉄板分の厚さが全然出ない。やっぱりダメだ。この上からもう何枚かガラスクロスを重ねなければならない。今度はPOR15ではなくて普通のポリエステル樹脂を使おう。さて、POR15が固まるまで放っておくとしますか。
翌日、再度道具を持ってJR130のボンネットを開ける。前日塗ったPOR15は既に固まっていて、ガラスクロスはかなり強力にへばりついている。ふむ、これなら強度は何となく保てるような気がするぞ。少なくともドライバーでちょっと抉っただけでメリメリ剥けてくるサビサビ鉄板よりは強いだろう。さて、今度は普通にやりますか。
とりあえず前日貼ったガラスクロスのうち、要らない部分をハサミで切り取る。無駄に大きく切ったガラスクロスはこの段階で切るのである。端の方はさらに上から樹脂を乗せてしまえば良い。削ったところで繊維が出てきてきりがなくなるだけだ。そして、ポリエステル樹脂が流れていかないように穴の周りをガムテープで囲む。ポリエステル樹脂はPOR15と比べるとかなり粘度が低いので、こうやって囲んでおかないとあっちこっち流れて非常にみっともないことになってしまう。サーフボードだったら傾けたりすればそんなことしなくても大丈夫な時もあるけど、あいにく相手が車とあっては傾けようが無い。そして昨日と同じようにガラスクロスを切り、紙コップにポリエステル樹脂と硬化剤を入れてかき混ぜる。硬化剤はポリエステル樹脂に対して1%だなんて言っているが、そんなのアバウトにやっても全然問題ないことは経験上判っている。ケチって少なすぎたりすると、固まるのに猛烈に時間がかかって面倒なことになるので、それだけ注意すれば充分だ。ただ、いつもはサーフボード補修セットだとかホルツ製品だとかを使うのに対して、今回は東急ハンズで買ってきた缶入りなので若干不安だ。でもこんなのいちいちメスシリンダーで計るほどのものでもないのでやっぱり目分量だ。ダメならダメで、スクレーパーでひっぱがしてやり直せば済む。そんな適当なことを考えているうちに、非常に重大な間違いを犯していたことに気付く。
昨日貼ったガラスクロスの下は隙間だらけじゃないか!!
しまった、真ん中へんは下の鉄板にくっついているからいいとしても、端の方は上側の鉄板の上にガラスクロスを乗せたもんだから、そこに隙間が出来てしまったではないか。しかもPOR15をぴっちり塗ってしまったから、今からポリエステル樹脂を流してもそこには流れていかないのだ。ガラスクロスは樹脂と一体化して初めてFRPと呼ばれるのであって、これじゃ単なるガラスクロスをPOR15で固めた板切れだ。クソッ、また馬鹿やっちまった。何がFRPなんか顔を洗うより簡単だこのド阿呆めが。しかし今更自分を馬鹿にしたところでどうにもならん。こうなってはもうPOR15を信じるしかない。
仕方がないのでそのままポリエステル樹脂を流す。あーあ、いいのかねえ、こんなやり方で。昨日俺が持っていたプライドはとっくにどっかに飛んでいってしまって、既にこれっぽっちも存在しない。そしてグラスウールを乗せて、さらにその上から樹脂を流す。気持ちいいくらいに樹脂とグラスウールが一体化していく。そうそう、これだよこれ、FRP補修ってのはこういうもんだ。そして案の定外に流れたポリエステルが周囲を囲んだガムテープのところに溜まっていく。やっぱりPOR15なんか使うんじゃなかった。無くなった筈のプライドが徐々に復活してくる。そして、徐々に面が平になってきたので、今度こそロービングクロスを使うことにする。平面じゃないと役に立たないので、段差部分にかからないように多少慎重に切って、さっき樹脂を流した部分に乗せ、さらにまた樹脂を流す。これを何度か繰り返しているうちに、段々それっぽくなってきたような気がしてくる。さて、こんなところかね。あとは形を整えるだけだ。とりあえず固まるまで待とう。
そしてその日の夕方、またボンネットを開けて様子を見る。ポリエステルは固まるのが早いので、午前中にやった部分はもうほとんど固まっている。手でなぞってみると、残念ながらまだまだ段差は大きい。大体だなあ、毟った鉄板をきちんと切り取らないからこうやってデコボコになっちまうんだよ。何で俺はこう毎度毎度後で自分で苦労するようなやり方ばっかりやるんだ。しかしここまで固めてしまったら今更どうなるものでもないので、無理矢理段差を埋めるしかないのだ。そうなったら、今度はコイツの出番だ。
グラスウールを重ねたくらいではどうしようもないくらい相手が厚い場合は、発泡スチロールなり何なりの固形物を使うのが常套手段だ。以前俺のサーフボードは他人のボードのフィンが刺さって真ん中辺までザックリと割れたことがあったが、その時もこの発泡スチロールを使って、その上からポリエステル樹脂とグラスウールで覆って直したのだ。今度こそ実績がある方法である。既にグラスウールを何枚も重ねたし、それなりの強度は出ているだろうから、この手を使ってもそんなに問題は無いだろう。大体サーフボードの素材は固形ウレタンだ。問題がある筈が無い。早速発泡スチロールを既に固まった面に合わせて削り出す。どうせ上から固めるのできちんと一枚にする必要なんか全然無い。小さいのを何枚か並べればそれで充分だ。そして、もう一度ポリエステル樹脂と硬化剤を紙コップでかき混ぜて、並べた発泡スチロールの上から自信満々で流し込む。すると、全く想像していなかった事態が起こってしまった。
ありゃ、この発泡スチロール、だんだん小さくなってきてないかい??
オイ! 一体どうしたんだ! 目の前でどんどん溶けていく発泡スチロールを前に何も出来ない俺。オイオイ、見たこと無いぞこんなの、実はこの樹脂はサーフボード補修セットに入っている奴とは全然違うのか? それとも俺が前に使っていたのは発泡スチロールじゃなかったのか? アレはウレタンだったのか? そんなふうには見えなかったぞ? 全然判んねえぞ、どういうことだ? こうやって困っている間にもどんどん発泡スチロールは溶けていく。そして遂には殆どその姿は無くなってしまい、ほんの少し残っていた塊もガムテープに向かって流れて去ってしまった。何ということだ。さっき復活した俺のプライドは、その前に落ち込んだところよりもさらに深い所まで落ちていってしまった。とにかく樹脂は流れてしまったので、仕方ないのでそこにガラスクロスを置いて、何もなかったことにして誤魔化す。実はウレタンの塊も買ってあったからそれも試してみれば良かったのに、そんなことを思い出せるわけが無い。発泡スチロールで稼ぐつもりだった厚みを稼ぐべく、小さく切ったロービングクロスを何枚も並べる。樹脂がついた手でガラスクロスを触ると、そのガラスクロスが手に付いて非常にうざったい。これが嫌だからさっきまではビニール手袋を使っていたのに、既にそんなことは忘却の彼方であった。
何だかんだで形になってきた。ここからはポリエステル樹脂を使うのは得策ではない。使えないことはないけど、粘度が低すぎて形を出すには適していない。そして翌週、完全に固まった補修部分を整形するべく、周りに貼ったガムテープを剥がす。そして錆取りと同じように荒目のサンドスポンジで平面に近づける。固まる前からは想像できないほどに固いので、かなり思いっきり擦らないといつまで経っても平面になってくれない。暫く擦ってみて、ぱっと見にはそれなりに平面に近くなっているような気がしてきたけど、実際に触ってみると平面とはほど遠い。だからってここで擦りまくると強度的な問題が出てくるので、ここは削って平面にするより、パテ盛りで平面に近づけることにする。この程度の凹凸であればポリパテが割れることもあるまい。
部屋からパテを持ってきて、削ったFRPの上に塗り付ける。ヘラでパテを塗ってみると、いかに凹凸がすごいかがよく判る。こりゃ結構厚く塗らないとダメかもしれないなあ。なんて思いつつ塗っていたら、既にほんのちょっとしか残っていなかったパテが終わってしまった。仕方がないので近くのオートバックスに行って買ってくる。今後のことを考えると、もしかすると缶入りのデカイやつを買ったほうが良かったかもしれない。そして、ついさっき塗って固まりかけてきたホルツのパテの上に、今度買ってきたソフト99のパテを塗る。同じやつにしておけばいいのに、どうしてわざわざ違うパテを買ってくるんだ俺は。まあいいや、大して変わらんだろう。それにしても、こんなインチキだらけのやり方で、果たしてあと何年もってくれるのだろうか。やだねえ、またここから錆が出てきたら。まあ出る前に割れてやり直す羽目になるような気がするな。そんなことを考えながらボンネットを閉める。さて、あとは削って色を塗るだけだ。言葉で言えば簡単だけど、メンドクサイんだよなー。
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