部品取りだったJR130 XESは、ボデーの程度を比べると、うちのXEよりはかなり良かった気がするのだが、何だかんだで解体屋送りにしてしまったのは以前書いたとおり。ただ、使えるものは使わないと勿体無いので、猛烈に駄目になっていたハッチゲートは移植することにした。
ハッチゲートだけ外して板金屋さんに持ち込んだのは、確か2016年の2月(もはや覚えていない)。
さらにその後1年ほど経った2017年3月にようやくJR130そのものを持ち込み、
交換が終わって帰ってきたのが11月。
ごく普通に車に乗っている人の感覚からすると、時間の感覚がドッグイヤーならぬタートルイヤーというか、どうしてその程度の作業にそこまで時間がかかるのか、そしてそれを許容できるのかまるで理解できないと思うが、自分的にはどうせ夏場(5月連休〜9月)はJR130には乗らないし、車がなければ庭が広くなってバーベキューもしやすかったりして、何の問題もないどころかむしろ好都合だったりする。この2年間でピアッツァが移動した距離は500kmにも満たないはずだし…
作業に時間がかかったのは、’82.5型XESと’83型XEではガラスが違う(方やブルーガラスでアンテナ無し、方やブロンズガラスでアンテナあり)なので、その移植も必要だったという理由も無いわけではないが、まあこれは単純に工場の都合。
こうして約半年ぶりにピアッツァが帰ってきた。以前と違ってアシ車としては一切使っていないので、あってもなくても生活的には別に何も変わらないのだが、ピアッツァがあることで、自分が自分であることを辛うじて維持できている気がする。
そして、今になってみれば、ドアも移植すればよかったなあと少し後悔している。