真夏の原チャリツーリング

世間一般からすると、クルマ好き、バイク好きであれば、休みとあらば無条件に嬉々として遠出すると考えるらしいが、とんでもない話である。そんなことをのほほんと言い出すのは何も知らない素人である。自分が持っている乗り物たちには、そんなごく普通の発想は通用しないのだ。

エアコンがヒーターと化しているJR130ピアッツァは端から問題外として、BMW K1100RSもまた内股が低温火傷を起こすほどの灼熱発熱体であり、真夏に走る不快感たるもの、サウナに入って外から鍵をかけられて閉じ込められるぐらいの酷いものだ。ただでさえ熱中症の危険度が高い状況でこんな乗り物でわざわざ出かけるのは自殺行為だ。あんなものに何時間も乗っていたら本当に生命の危険がある。色々と世間に絶望しているのは確かだが、だからといってまだまだ死ぬつもりはない。

そんなことは重々承知しているので、7月中旬から8月下旬の、学校が夏休みになる時期は一切のツーリング欲を抹殺してここ20年ぐらい過ごしていた…はずだったのだが、ここ最近スペアキートラブルで散々いじくり回したり、以前駅前駐輪場でやられた左右の傷をタッチペンで直したり、通勤リュックの底がスレて黒くなってしまったシート表皮をオキシクリーンで掃除したりと、色々やっているうちに「ん? LXだったら夏場のツーリングもそんなに苦じゃないんじゃないの?」とふと思い立ってしまった。

カウルを外す関係でウィンドスクリーンを外したLXは、毎日のように買い出しで乗っているが、短時間とはいえ暑さの中でもそれなりの爽快感で走れている。灼熱の最中、軽さと風当たりの良さは正義だ。ちょっと暑いかもしれないし、日焼けもするだろうけど、ちょろちょろ店に入って涼んだりしていたらなんとかなるんじゃね?

とかなんとか適当な理由をつけて、ひたすら灼熱快晴日が続く中、涼を求めてVespa LX125ieで県西部の山岳地帯へ出かけることにした。とりあえず目的地は宮ヶ瀬か丹沢あたりとする。LXを手に入れてから5年以上経つが、何度か三浦半島をウロウロした以外は「ツーリング」という行為をしたことがない。なんと保有5年以上にしてこれが初ツーリングとなる。

事前準備

ツーリングの準備にかける時間は人それぞれだろうが、あまり自由時間がない近年は、失敗を恐れるあまりに、それなりに時間をかけて準備する傾向があった。荷物のチェック表みたいなもの(日帰り・キャンプ・宿などのパターン別に毎回累積しているので段々精度が上がっている)を作ったり、良さげなルートを調べてGoogle Mapにスターを登録したりしていた。

しかし今回は意図的にテキトーにした。日帰りの原チャリツーリングなんぞ気軽さが命じゃないのか。そんなわけで大した準備はしない。

500mlのペットボトルの水を凍らせたのと、川に入れるようにビーサンをメットインに突っ込んだ程度だ。あとはカメラとレンズ、モバイルバッテリーを準備するぐらい。そんなに遠くまで行けるわけじゃないし、著名で且つ通ったことがない道というのもあんまり無いので、ルートを調べる余地もあまり無い。そもそもツーリングマップルの1ページに収まってしまう程度の行動範囲なので大した情報もない。

そんなわけでろくに支度もせずにさっさと寝た。

出発

普段より少しだけ早起きする。少しは涼しいことを期待したが、全くの期待はずれで、いつもと変わらぬ灼熱だった。

百均の冷感タオルを濡らし、凍らせたペットボトル、冷えたルートビア等を用意して出発する。気合が入っていない、というより意図的に脱力しているので気張らずに出発する。

まだ8時過ぎだからか、走っていればそれほど暑くない。道も空いている。なかなか爽快だ。気分が良いのでなんとなくあちこち停まって写真を撮ってしまう。

思わず寄り道しすぎてしまったが、このペースでは全然目的地に到達できない。それに、走らずに写真なんぞ撮っていると、どんどん体感温度が上がってしまう。これはまずい。

しばらくは寄り道せずに走り、いつもの柳島のGSでガソリンを入れる。まだあまり減っていなかったので油断していたのか、暑さでボケーとしていたのかはわからないが盛大に吹きこぼしてしまった。空気圧を少し高めに設定し、トイレで冷感タオルを濡らして再出発。淡々とR134を西に向かう。

思わず西湘バイパスに乗ってしまいそうになるが、125ccは乗れないので側道に入る。少々残念な瞬間だが致し方ない。一般道を走って二宮に向かい、涼みも兼ねて途中にある西友に寄って昼飯のおにぎり弁当を買う。時間はまだ10時なのだが、かなり暑くなってきており体調にも異変が出ている。若干の脳クラクラ感がある。ここはあまり先を急がないほうが良い。

迷路のような道を彷徨う

西友を出て、農道を抜けていつもの曽我梅林東側の道に向かう。

ピアッツァやK1100RSでは飽きるほど来ている場所だが、LXで来るのは勿論初めてのことだ。

ここまではいつも通りなのだが、このあたりは梅林や果樹林がある関係で、山深い細道があることがわかっている。クルマやK1100RSでは全く入りこむ気になれないのだが、気軽な原チャリで来たからには行かないわけにはいかない。いつもは左折して県道に向かう丁字路を右折し、コンクリ塗装の細い急坂を登る。たまに現れる看板を見ながら「見晴台」方面を目指して細い迷路のような急坂だらけの道を彷徨う。

たまに開けた場所に出ると、分かれ道だらけでどっちに行けばいいのかさっぱりわからなかったりする。

何度か道を間違えつつ、ようやく「見晴台」に着いた。確かに見晴らしは良いのだが、無理矢理公園っぽく仕立てようとしたものの挫折したような立地で、原チャリですら停めるのに困るような場所だった。

どうせ富士山も見えないし、ウロウロして時間も浪費したのでさっさと県道に降りる。

夜景スポットを彷徨う

このまま丹沢湖に向かってもいいのだが、このあたりにはもう一つ行ったことがない場所がある。夜景で有名なチェックメイトカントリークラブ近辺の道が、景色もよく、道自体も良さげなのだが、基本的にこのあたりはツーリングや旅行の通過点でしかないので行ったことがなかった。せっかくのダラダラツーリングなのでここにも行ってみることにした。

曽我梅林から県道を北上し、一瞬R246に入り、すぐに左折して山道を登る。ゴルフ場へのアクセス路なだけにオッサンセダン仕様(?)の道となっており、センターラインもあり道幅も十分な峠道だ。ウネウネしながらガンガン登る。しかも基本的に日陰なので涼しい。どんどん高度も上がるので徐々に涼しさも増す(ような気がする)。なかなか良い道だ。この道はK1100RSでも楽しめるだろう。

山道を登りきってゴルフ場入り口を過ぎると、オッサン仕様道路は終わりセンターラインが無くなる。そして唐突に夜景スポットに到達する。

有名な夜景スポットなだけあって景色が素晴らしい。名もなき場所なのに、さっきの見晴台は勿論のこと、そんじょそこらの展望台が平伏してその名を返上するぐらいの展望だ。ただ、誰も管理していない夜景スポットにありがちな問題として、ゴミのポイ捨てがとにかく酷い。日本人の民度なんて所詮この程度のものだ。

さて今度こそ丹沢湖を目指そう。Google Mapによると、来た道を戻るのではなく、この先をそのまま進むように指示されている。なんとなく嫌な予感がしないでもないのだが、今回は原チャリなので臆せず進むことにした。

しかしそれが大失敗。とても車道とは言えない、ハイキングコースのような落葉・落石・苔・雑草に覆われた、辛うじてコンクリ舗装されている1車線の超急坂を延々下ることになってしまった。

この写真の場所はかなりマシな部類で、ほとんどの道は停車することさえ許されないような急坂だ。道路の線形自体は許せたとしても、とにかく落葉や木の枝、落石等が多くてまともに走れない。延々ブレーキをかけながら低速で下っているため、フェードしないかと心配になる。原チャリなのでウンザリする程度で済むが、K1100RSだったら発狂しかねないような道だ。途中でコケた挙げ句Googleさんに「この経路は満足でしたか?」とか聞かれようものなら、何も答えずにiPhoneを地面に叩きつけたくなるに違いない。JAFだって来てくれるかどうか怪しい。

この激しく幻滅する道をようやく抜けると、突如東名高速道路の側道に出た。そのまま高速道路に沿って西方に走る。高速道路走行中に「あの道はどこへ行くんだろう、何のためにあるんだろう」と気になることが多々あるのだが、いま自分が気になられる側になっている。

そういう道は高速道路沿い、または新幹線沿いに多数ある。それを巡るツーリングというのもしてみたいものだが、高速道路に乗れるバイクじゃないときつい。セローがまだあればねえ。

その後も暫く東名高速道路沿いを走り、最後はR246に合流。ようやく丹沢湖への道に帰ってきた。

丹沢湖と渓流への道

曽我梅林とチェックメイトカントリークラブでかなり激しく時間を浪費した。時刻は既に12時を回っており、かなり腹が減ってきたが、やはり弁当はそれなりの場所、できれば涼しい渓流沿いで食いたい。そのため、あまり寄り道することなくR246、K727、K76を走り丹沢湖に向かう。本当は都夫良野公園や大野山方面も行きたかったが今回は断念せざるを得ない。

丹沢湖に向かう道はそこそこ快走路なのだが、盆休みで且つアウトドアブーム、海水浴場閉鎖等の関係もあるのか車が多い。K1100RSだったら少々ガッカリしたかもしれないが、LXだとあまり気にならない。

ちょっとしたトンネル(涼しくて心地良い)を抜けて、ようやく丹沢湖に到達。何度か来たことがあるので判っていたこととはいえ、ダム湖なので景観的な風情はあまり無いのが残念だ。ここは標高約320m。平地よりせいぜい3度ほど低い程度なので大して涼しくない。わざわざ停まって何かするようなこともないので、そのまま西丹沢のキャンプ場エリア方面に北上する。途中でちょっと良さげな橋を見つけたので立ち寄る。川の水がきれいだ。子供たちが遊んでいるが、川の水なのでかなり冷たいだろう。

その後も河内川沿いに北上するが、とにかく川遊びやキャンプの人が多く、路上駐車も多い。99%ファミリーなので、原チャリソロツアラーはかなり異端な存在だ。川沿いの空き地に入り込んで弁当を食ったり、写真を撮ることなど不可能に近い。さらにはキャンプ場の受付渋滞まで現れてウンザリ感がさらに高まる。こうして何もできないまま一般車両が行ける最北端まで行ってしまった。

仕方がないので勝手にキャンプ場入り口そばの空き地にLXを停め、ビーチサンダルに履き替えて渓流に足だけ入る。

水が冷たくて気持ち良い。そしてLXのところに戻り、弁当とルートビアだけ持って川沿いに行き昼飯にする。

周りはほぼ全てがクルマで来たファミキャン民であり、折りたたみ椅子に座って様々な工夫を凝らした昼飯を食っているであろう中、一人で石の上に座って弁当を食ってルートビアを飲んでいる姿はかなり浮いていると思われるが、長年の修行により好奇の目など気にならなくなった。自分が思うほど、他人は自分のことなど気にしていないものだ。

帰路

ダラダラするには石の上は尻が痛いし、そもそもこの場所は日陰ではないので陽が出ると暑い。長居するには条件が悪いし、時間も押しているので帰ることにする。弁当のパックや缶を仕舞い、服装を整えて帰路につく。相変わらずファミリーだらけの渓流沿いを抜け、何度か適当な場所で停まって写真を撮ったりしながら丹沢湖を一周する。

丹沢湖を離れてひたすら南下してR246との交差点に到達。そのまま東に向かったほうが話は早いのだが、同じ道を通るのは主義に反するのと、折角ここまで来たからにはすぐそこの県境を越えようという気分になり西に向かう。ほどなくして静岡県に入る。このLXが神奈川県を「出る」のは、納車日に埼玉県から東京都を経て神奈川県に入って以来、初めてのことである。まあ原チャリなんて県外に出ないまま一生を終える車両もたくさんあるとは思うが。

とはいえ、既に時間も遅くなっているので、静岡県のツーリングを楽しむような時間的余裕はない。足柄峠への道を登り、あっという間に神奈川県に逆戻りとなる。

ここは標高が高いだけあって涼しい。しかし残念ながらダラダラと休んでいるほどの余裕もないし、ガスっていて富士山も見えないのでさっさと下る。標高が下がるにつれて生温くなってくる。ほぼ下りきったところから農道、酒匂川沿いの道等を通り、大井松田ICをかすめて中井町方面への定番裏道を走る。

二宮からR1に戻る。西湘バイパスを使えないのが地味につらい。R1はそれなりに混んでいるが、このあたりは道幅がそこそこ広いのであまり気にならない。花水川手前でR1を離れ、平塚の鳥仲商店に寄って晩飯の唐揚げ等の惣菜を買い込む。ここの唐揚げは実に美味い。平塚競技場でのサッカー観戦前にビールを飲みながら食うのが本当は一番美味いのだが、今年の惨状と観戦様式では残念ながら美味さ半減だろう。

あとはひたすら帰るだけだ。行きも寄った柳島のスタンドで給油しようとしたのだが、10台を超える恐ろしいほどの待ち行列だったためスルー。夕日が良い感じだったので何度か停まって写真を撮りながらの帰宅となった。

総括

走行距離は216km。トータル10時間、乗っていた時間は8時間という割には距離が伸びなかったのは、曽我梅林やチェックメイトカントリークラブ(からの下り)辺りの、まったく速度が出ない道で時間を浪費したからだろう。

この日は給油し損ねたが、後日給油して燃費を確認したら何と41km/Lであった。これまでの平均燃費の約1.7倍だ。柳島での給油時に溢れさせたこと、今回給油時に日和ってギリギリまで入れなかったこと等を考慮しても良すぎる。

今までは通勤や買い物でしか使っておらず、1回あたりの乗車距離が2kmからせいぜい5km程度なことが大半だったのだが、ツーリングだとこんなに走るというのは驚きだ。これが本来の実力だったのか。

こうして灼熱下のツーリングを無事に終えたのだが、LX自体の発熱量がK1100RSと比べればかなり小さいこと、(本来は駄目なんだろうが)少々お気楽な服装であること等、様々な要因によりそこまで暑さを感じることもなく、そしてそれほど激しい疲労を感じることもなく走り切ることができた。K1100RSだったらこうはいかなかっただろう。

スクーターでのツーリングは、以前持っていたセローでのツーリングよりもさらにお気楽で、これはこれで楽しい。走り自体が楽しいかと言うと、残念ながらそちら方面の楽しみはあまり無く、普段行けない場所に行けるというツーリング本来の楽しさがスクーターだと少し増幅されるのが良い点だ。

こうなると、そう遠くない富士五湖近辺でミニマム装備でのキャンプツーリングでもしてみたくなるが、リヤキャリアとリヤシートの積載量では本当に最低限の装備しか持てない。フロントキャリアを追加しても劇的には増えない。そういう制約がある中で色々やるのもまた楽しいだろう、という気もするが、そんな機会はそうそう来ないだろうなあ…